名古屋地方裁判所 昭和28年(ワ)1481号 判決
原告 永尾ふさ子
被告 合資会社前田商会 外二名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告合資会社前田商会は原告に対し別紙目録<省略>記載の不動産について名古屋法務局昭和二十三年八月十三日受付第一〇八四〇号を以て為された同年六月一日附売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を為せ、被告平石修平は原告に対し同不動産について名古屋法務局昭和二十七年三月一日受附第四〇一〇号を以て為された同年二月二十七日附売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を為せ。被告東和相互融資株式会社は原告に対し同不動産について名古屋法務局昭和二十八年七月十八日受附第八五八六号を以て為された同年七月十六日附売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を為せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、(一)別紙目録記載の不動産は戸主斎藤正夫の所有であつて同人は昭和二十年(訴状には昭和二十三年とあるが昭和二十年の誤記と認む)三月十五日戦死し昭和二十三年七月八日その公報があり、同人の家族である父斎藤米次郎及び継母斎藤志づは右正夫死亡による家督相続人未定のまま日時を経過し、米次郎は正夫戦死の公報入手前昭和二十二年一月二十五日死亡したのである。(二)然るに右正夫の本籍地において多治見市長金子義一は昭和二十四年八月十八日附岐阜地方法務局多治見支局の許可を得て米次郎を家督相続人戸主とする新戸籍を編成した。(三)他方において原告は右斎藤米次郎の子として昭和二十四年検察官を相手方として認知の訴を提起して勝訴の判決を受け、その判決は同年八月二十日確定したので、原告は認知の遡及効によつてその出生の時たる大正十四年一月二十五日に遡つて右米次郎の直系卑属たる地位を取得し、昭和二十二年十二月二十二日法律第二百二十二号「民法の一部を改正する法律」による改正前の民法(以下単に「旧民法」と略称する)施行当時において右米次郎の家族たる身分を取得したものである。(四)故に昭和二十年三月十五日正夫死亡による家督相続人は米次郎ではなく、その家督相続は昭和二十二年四月十九日法律第七十四号「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(以下単に「民法応急措置法」と略称する)施行前に開始し、新民法施行後に旧民法によれば家督相続人を選定しなければならない場合に該当するので、その相続には新民法附則第二十五条第二項本文により新民法が適用されその相続人は同法第八百八十九条第一項により正夫の直系尊属たる父米次郎と母永尾とみが共同相続人としてその遺産の相続を為すべく従つてその相続財産たる本件不動産は右両名持分各二分の一の共有に属するものである。(五)更に右米次郎は前記の如く昭和二十二年一月二十五日死亡しており、その相続は民法応急措置法施行前に開始しているので新民法附則第二十五条第一項により旧民法が適用され旧民法第九百九十四条により米次郎の直系卑属たる原告がその遺産の相続をなすべく、従つてその相続財産たる本件不動産に対する米次郎の二分の一の持分は原告において相続したものである。故に本件不動産は結局前記永尾とみと原告の各二分の一の持分の共有に属するものである。(六)仮に右斎藤正夫死亡による家督相続人が斎藤米次郎であるとしても米次郎死亡による家督相続は民法応急措置法施行前に開始し、新民法施行後に旧民法によれば家督相続人を選定しなければならない場合に該当するのでその相続には新民法附則第二十五条第二項本文により新民法が適用され、その相続人は米次郎の直系卑属たる原告と妻である斎藤志づとなり両名は共同相続人としてその遺産の相続をなすべく、従つてその相続財産たる本件不動産は原告三分の二斎藤志づ三分の一の持分の両名の共有に属すべきものである。(七)然るに右亡米次郎の妻斎藤志づは右不動産が未だ亡斎藤正夫の所有名義のまゝになつているのに乗じ右正夫名義を冐用して、昭和二十三年六月一日これを被告会社前田商会に売却して名古屋法務局同年八月十三日受附第一〇八四〇号を以て右売買を原因とする所有権移転登記手続を了したのであるから右所有権移転登記手続は当然無効のものである。而してまた被告合資会社前田商会は昭和二十七年二月二十七日これを被告平石修平に売却して名古屋法務局同年三月一日受附第四〇一〇号を以て右売買を原因とする所有権移転登記手続を了し、更に被告平石修平は昭和二十八年七月十六日これを被告東和相互融資株式会社に売却して名古屋法務局同月十八日受附第八五八六号を以て右売買を原因とする所有権移転登記手続を了したのであるからこれらの所有権移転登記もまた当然無効のものである。従つて原告はこれらの登記の抹消を求めるため本訴に及んだ次第である、と陳述した。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、
(一) 原告の主張事実中斎藤正夫の所有名義である本件不動産を原告主張の如く順次被告合資会社前田商会、同平石修平、同東和相互融資株式会社に夫々売買を原因とする移転登記手続が為されたことは認めるが(但し被告合資会社前田商会へ本件不動産が売却されるにつき斎藤志づが斎藤正夫の名義を冐用したことは否認する)原告主張のような相続が行われたこと、新戸籍が編成されたこと、及び認知の訴がありその判決が確定したことは知らないし、その他の事実はすべて争う。(二) 相続関係については戸主であつた斎藤正夫の死亡により同人の父斎藤米次郎は当然右正夫の家督相続人戸主となるのである。仮にそうでないとしても、戸籍は米次郎が家督相続人として編成されており被告等が米次郎を家督相続人と見るについて被告等は何等過失なく被告等に対する関係では右米次郎が相続人である。従つて右正夫の資産は右米次郎に帰属し同人の死亡によりその資産は訴外斎藤志づに帰属するから右志づが本件不動産を処分するのは何等違法ではない。仮りに右志づが亡正夫名義を以て処分したとしても本件不動産は実質的には志づの所有であつて処分権限があるから右名義の点は単に手続上の問題であるに止まり無効原因とはならない。(三) 仮りに原告主張の如く原告に相続権があるとしても原告主張の認知の判決確定は昭和二十四年八月二十日であつて本件不動産の処分はそれ以前の昭和二十三年六月一日になされその登記は同年八月十三日になされたから民法第七百八十四条但書により被告合資会社前田商会に対する処分従つてまた同被告より被告平石修平へ更に被告東和相互融資株式会社への処分は有効である。(四) 被告合資会社前田商会は本件不動産を仲介人の仲介により斎藤正夫より買受けたのであり、原告はその当時右正夫は既に死亡していた旨主張するけれども右被告はこの事実を知らなかつたのであり、右斎藤正夫の売買書類並びに登記書類と引換えに代金を支払つてこれを買受け移転登記を完了したものである。(五) 仮りに本件売買の相手方が斎藤志づであるとしても被告等特に被告合資会社前田商会は善意で同志づに処分権限あるものとして売買をなし所有権移転登記が完了したものであるから本件不動産の被告等に対する処分は有効であるし、同志づは前記斎藤正夫の母として右正夫出征前正夫より応召不在中の財産問題一切の委任を受け且つ印鑑等を預つていたのであつて右正夫の正当な代理人であるからその効果は当然正夫本人に及ぶものである。原告は右斎藤志づが正夫名義を冐用し文書偽造をしたと主張するけれども右志づは前記の如く正夫の代理人であるから右代理権に基き正夫名義を使用して本件不動産を処分したのに過ぎず実質的には何等文書偽造をしたものではなくその処分行為は有効である。被告平石修平同東和相互融資株式会社は順次原告主張の相続関係については善意無過失にて売買書類及び登記書類と引換えに代金を支払つて夫々所有権移転登記手続を完了したものである。以上の如く被告合資会社前田商会は正当な代理人より正当な処分行為に基いて買受け、更にこれを被告平石修平に売却し、被告平石修平は更にこれを被告東和相互融資株式会社に売却したものであつて、これらの処分行為は何れも適法有効なものであるから本件原告の請求は失当である。と陳述した。<立証省略>
三、理 由
成立に争のない甲第二、第三号証の各記載によれば斎藤米次郎は昭和十七年五月二十二日隠居し、その子斎藤正夫(昭和十五年三月二日認知さる)が其の家督を相続して戸主となり、昭和二十年三月十五日戦死し、当時正夫には戸籍上旧民法の規定する法定又は指定の家督相続人もなく配偶者等旧民法第九百八十二条の規定に依る家督相続人もなく、その父米次郎と嫡母斎藤志づとのみ生存し居り、其の米次郎も昭和二十二年一月二十五日死亡し他方原告は大正十四年一月二十五日永尾とみの子として出生し米次郎死亡後昭和二十四年八月二十日同人の子として認知する判決確定した事実を認めることが出来る。従つて原告に対する認知前である新民法施行の昭和二十三年一月一日当時(新民法附則第一条参照)においては正夫も米次郎も民法応急措置法施行の昭和二十二年五月三日(同法附則第一項)前に死亡したのであり、正夫の相続については旧民法によれば新民法施行後に家督相続人を選定しなければならない場合でないから新民法附則第二十五条第一項により旧民法第九百八十四条が適用され、父米次郎が家督相続をなし、次いで米次郎の死亡による相続については旧民法によれば家督相続人を選定しなければならない場合に該当するから、新民法附則第二十五条第二項本文により新民法第八百九十条の規定が適用され、斎藤志づは米次郎の配偶者として常に相続人となること明かである。他方原告は右認知により出生時の大正十四年一月二十五日米次郎と父子関係を生じ、同人の直系卑属としての地位を取得し、昭和二十年三月十五日正夫死亡により開始した相続については民法応急措置法施行前に開始し新民法施行後に旧民法第九百八十二条に依れば家督相続人を選定しなければならない場合に該当するので、新民法附則第二十五条第二項本文により新民法が適用される。そして新民法第八百八十九条の規定により正夫の父米次郎と母永尾とみが共同相続人として遺産を相続し、米次郎の死亡により新民法第八百八十七条、第八百九十条の規定により米次郎の直系卑属である原告が相続人になる外斎藤志づが米次郎の相続人になるということが出来る。原告は新民法附則第二十五条第二項本文による新法の適用について正夫の死亡の場合の相続に限定し米次郎の死亡の場合は新民法附則第二十五条第一項により旧民法が適用されその直系卑属の原告のみ相続する旨主張するが、新民法はその附則第一条に依り昭和二十三年一月一日から施行せられ同附則第二十五条第一項本文に依り応急措置法施行前に相続が開始し新法施行後に旧法によれば家督相続人を選定しなければならない場合にその相続に関しては新法を適用することになつたことは斯様な新法の制定により生じた事態であつて新民法施行の昭和二十三年一月一日の一時期を区切り旧法時に発生した相続開始事由がその時に発生した場合と考えその相続についてはその後は総て新法を適用すべきものと規定し旧法による家督相続を含めた相続を認めないで新法による遺産相続のみと認めたのである。先に死亡した正夫の相続については新法、その後に死亡した米次郎の死亡については旧法を適用することは徒らに事態を複雑し本件の場合については米次郎の配偶者斎藤志づの相続人である地位を否定することになり新法第八百九十条に反する結果を生ずるもので到底同法附則の趣旨とするところでなく附則第二十五条第二項本文の相続の開始する場合はその後一切新法を適用するものと解する。従つて原告の右主張は採用出来ない。又仮に正夫死亡による家督相続人が米次郎であるとしても米次郎死亡による家督相続人は新民法附則第二十五条第二項本文により原告と斎藤志づとが共同相続人である旨の主張は前記判定に反する部分は採用出来ない。
斎藤正夫名義の本件不動産が原告主張の通り順次被告合資会社前田商会、同平石修平、同東和相互融資株式会社に売却されその所有権移転登記手続が経由されたことは当事者間に争ないところである。原告は斎藤志づが昭和二十三年六月一日正夫所有の同不動産を被告合資会社前田商会に売却し登記を終了しその無効を主張するのであるが、同志づは前記認定によれば常に正夫の共同相続人であること明かであり、被告合資会社前田商会代表者前田太市、同東和相互融資株式会社代表者小平義雄の各本人尋問の結果によれば被告等の買受並にその登記は全く善意になされたことを認めることが出来るので、斎藤志づの右売却並にその登記は他の共同相続人の既に為した処分であるからその処分の効力はそのまゝ維持され原告は相続開始後認知された相続人として共同相続人に対し新民法第九百十条により価額のみによる支払の請求権のみを有し、右売却に因る登記の処分の抹消を求めることが出来ない。被告等は同法第七百八十四条の但書の第三者に該当し保護されるものと解する。即ち同法第九百十条は同法第七百八十四条の但書の例外規定であつて斎藤志づは右認定の範囲で認知の効果を受けるものであつてその他の第三者である被告等は同法第七百八十四条但書により保護されるものと解する。
従つて斎藤志づの売却を原因とする登記の無効を前提とする原告の本訴請求は、その他の争点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 越川純吉)